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2012年 05月 11日
風はひんやりしていても、申合せた様にそこここで若葉が一斉に芽吹いています。
若葉の香りを含んだ空気を思いっきり吸い込んで、 思い思いのウェアーに身を包んだ自転車乗り達が、 ミロ前のT字交差点を行き来します。 ここ清里は、自転車乗りの別天地。 今年も自転車の様々なイヴェントや大会が開かれます。 直近では、6月3日(日)に 「第7回 ~八ヶ岳南麓風景街道~ 2012 八ヶ岳高原サイクリング」が開かれます。 その他に、 ・第21回 シマノ・バイカーズフェスティバル 長野・富士見 2012/07/23~24 ・ヒルクライムチャレンジシリーズ 2012 韮崎 甘利山大会 山梨・韮崎 2012/11/3~4 その後の秋から冬にかけて、 野辺山や清里で、シクロ・クロス等のレースが開催される模様です。 自転車乗りの皆さん!! トレーニングやサイクリング、レース等で清里や富士見、原、野辺山等に 来た時は、是非ミロ清里へお越し下さい!! お待ちしております!! ところで、当イタリア料理店ミロも、自転車乗りとはちょっとした縁があるのです。 なんと、ある有名な(?)チームのスポンサーに、名を連ねているのです。 事の起こりは、16年前のある日。 自転車乗りのAさんとTさんが、お客様として来店されたのが始まり。 当時、ミロ家の長男8歳、二男3歳は、マウンテンバイクに目覚め、 店の周囲を縦横無尽に、乗りまわっていました。 そんな息子達の前に、さっそうと現れた二人の自転車乗り。 息子達が、虜になったのは言うまでもありません。 あっという間に、“自転車のお兄ちゃん”という兄弟関係が出来上がってしまいました。 そして、自転車といえばイタリアというわけで、私達ともすっかり意気投合し、 ミロ夫婦も、彼らの大ファンになったのです。 そして、仲間は仲間を呼び、多い時には10人を超える自転車乗りが、 大会やレース、トレーニングの度に、ここミロでスタミナ補充の為に、 パスタやお肉を、その旺盛な食慾で胃袋に詰め込みました。 その若くエネルギッシュな彼らから、ミロ夫婦は、沢山のパワーを頂きました。 勿論、息子達の自転車熱もヒートアップ。 ヘルメットやサングラスなどの小物から果は自転車まで、 プレゼントして頂きました。 そして何より、自転車を通してお兄ちゃん達と、信頼関係が持てた事は、 ミロ家の息子達にとって、生涯の大きな宝物となりました。 家業で忙しい両親に代わり、お兄ちゃん達に育ててもらった、 と言っても過言ではない程、強く深い信頼関係でした。 以来今日まで、“自転車のお兄ちゃん達”との付き合いは続いています。 16年の間、お兄ちゃん達にも、色々な節目がありました。 それなりに年も重ねました。 でも、ウェアーを着てヘルメットをかぶり、愛車に跨れば、あの頃の自転車乗りです。 冒頭の有名チームは、Aさんを中心とした自転車チームです。 そのウェアーのパンツに、 CUCINA ITALIANA RISTORANTE MIRO の文字が、おどっています。(エネルギー補充のみのスポンサーですが・・・) 彼らと出会えたのも、自転車とそれが最も輝く、 清里・八ヶ岳というステージがあったからこそ!! Viva Bicicletta, Viva Kiyosato, Yatsugatake!! ★ブログランキング参加中★ ポチっと宜しくお願い致します イタリア料理 ミロホームページ イタリア料理 ミロ清里 ESTATE Facebook イタリア料理 ミロ清里 ESTATE Twitter 2012年 05月 11日
着きました!!
5年ぶりのイタリア・ローマです。 古代の遺跡も、古い街並みも、何も変わっていません。 変わったのは、そこに暮らす人間。 それなりに(5年分)、年を重ねました。 そして、会えなかった人も・・・。 でも、“カリフォルニア”の仲間は皆、5年前のまま。 “ヨジ!! ウン ポ ヴェッキョ. (洋司!! 少し、老けたね。)” “イロコ!! アンコーラ ジョヴァネ. (ひろ子!! まだ若い!!)” とは、ウンベルトさん。 お菓子職人のジュゼッペさん、メガネのディレットーレ、1Fのバールのバリスタ達、 皆、ニコニコと “ブオン・ジョルノ!!” と出迎えてくれました。 カリフォルニアのバールで30cc程のエスプレッソを、 グッと一飲み、「あぁ、帰って来たんだ。」 宿はラニエーリ。 フロントのカルロとシルベルトは、私と同じ年。 二人共、ちょっぴり貫録が出て、いっぱしのホテルマンになっていました。 ただ残念な事に、テレサさんが居ません。 そして、更に残念な事に、団体旅行者用の昼食のサーヴィスが無いとの事でした。 団体から個人旅行へ、旅行の仕方が変わってきたのですね。 したがって、ラニエーリのキッチンでの勉強は、出来なくなりました・・・。 そして、ローマでの最初の食事は、ペントラッチャ。 “ブオン・ジョルノ!!” と迎えてくれたのは以前とは違うパドローネ。 バート・ランカスターに似た伊達男。 とその奥様。 それにカメリエーレは回顧録Numero 14でお話ししたピエトロ君。 シェフは以前より若い、30代の男性。 でもやはり、コンロには、コークスが燃えていました。 この古くて、大きなローマという都市の中で皆其々に、居場所を得て、 日々の暮らしを送り、やがてそれが、歴史の中の小さな一コマになっていくのですね。 私達、ミロ夫婦も、これからの3か月間、 イタリアの歴史の中にほんの小さな足跡を残せたら・・・と思った第一日目でした。 まずローマに、一週間。 朝、カリフォルニアで勉強です。 そして、鉄道でミラノへ向かいます。 ★ブログランキング参加中★ ポチっと宜しくお願い致します イタリア料理 ミロホームページ イタリア料理 ミロ清里 ESTATE Facebook イタリア料理 ミロ清里 ESTATE Twitter 2012年 05月 09日
寒い×2と言いながら、店の周囲に植えたパンジーが元気です。 到底、春とは言えない様な冷たい風雨にも負けず、 満開の花をなびかせています。 「費用も掛かるし、管理も大変だから、今年は植えるの止そうか・・・」 と家人と話してみても、やはり春のシーズンの幕開けは、この花!! 今年もゴールデンウィークに、 遠来のお客様をおむかえする事が出来ました。 御来店、ありがとうございました。 創業40年。 清里へ移ってから、18年です。 毎年毎年、同じ事を繰り返してきました。 店の外にも内にも花を絶やさず、テーブルクロスをプレスし、 明るく居心地良くと、心がけてきました。 そして、料理はイタリア料理。 妥協や誤魔化しの無い、私が納得したメニューのみをお出しして来ました。 自分にとって良くない物をお客様に、お出しする訳にはいきません。 明日もそのまた明日も、一品一品大切にお作りします。 その繰り返しです。 「食は命」 ★ブログランキング参加中★ ポチっと宜しくお願い致します イタリア料理 ミロホームページ イタリア料理 ミロ清里 ESTATE Facebook イタリア料理 ミロ清里 ESTATE Twitter 2012年 05月 09日
さて、1997年の13年ぶりの再会より3年経った2000年。
再び、息子達を連れてイタリアを訪れました ローマに到着し、早速ウンベルトさんに電話すると、なんとあの古めかしいマンションは 息子のステファーノに譲り(彼はまだ独身との事でした)、 今は生まれ故郷の町で暮らしているとの事。 昼食に招待されテルミニ駅から、ローカル線に乗って約1時間。 ウンベルトさんに教えられた駅で降りると、懐かしい人懐こい笑顔が出迎えてくれました 彼の運転でクルマに乗ること約15分 到着したのは、真新しい3階建てのマンション そのマンションの3階の一角がウンベルトさんの新居だそうで 案内されたのは広々とした暖炉付きの2LDK!! 地下にガレージを兼ねた倉庫。 そこに、ウンベルトさん夫妻とウンベルトさんのお母さんの3人で 住んでいるとの事でした。 例によって、一通り家の中を案内してもらった後、昼食まで時間があったので ウンベルトさんの生家へ案内してもらいました。 ウンベルトさんの新しいマンションは、古い石造りの町並みからは外れた所にあり 一帯はやはり石造りの家から移って来た人達のマンションや 一戸建ての住宅が建っていて、ちょっとした建築ラッシュの感がありました 実は、古くからの住民は石造りの古い建物に愛着があっても 生活のしにくさから他へ移る人が多く、反対に都会に住む人は セカンドハウスとしてそう言った家を買うそうです ウンベルトさんの生家も1年程前、ローマに住む人が買い ウンベルトさんは新しいマンションに移った、という訳です。 「ココが、私の生まれた家だよ!!」と、 入口に階段の付いた木戸の前で、懐かしそ~うに教えてくれました。 自分の生家を手放すにあたって、ウンベルトさんなりに悩んだ事だと思います その表情は、ロレダーナの結婚式の朝 一緒に撮った写真の表情に何となく似ていました..... 新しい居心地の良いウンベルトさんのマンションで美味しい昼食をご馳走になり ローマへ戻りました。 私達とウンベルトさんとの付き合いは、何年に1回という程度でしたが 合うとお互いに心を開いて付き合える、いわゆる“波長の合う”関係でした 帰りの電車に乗る際、 “ チャオ !! アリヴェデルチ. ”と、握手をして別れてから既に10年。 また会いたいですねぇ “ チャオ !! ヨジ !! ”と言う声が、聞こえてくるようです。 ↓ポチッとお願いします
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